ROWER ROCK TODAY のインタビュー

BayFMの ROWER ROCK TODAY(4/22) の伊藤正則さんのインタビュー
を文面にしたので、よろしかったらどうぞ♪ (長いです)
  東京ドーム 2日目終わってから、ホテルでジョンにインタビューしたそうです。

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まずは These Daysの曲がかかる♪ 

  そうですか〜〜These Daysをやりましたか〜〜札幌でね〜。
え〜日本公演の最後の最後にThese Daysをやったというところに意義があるという考え方なんですよ。これは。
え〜でも関西の方はねThese Daysをやったという話を聞いたら、西宮球場で行った、阪神淡路大震災の復興コンサートの事をね、思い出して感動したって方も沢山いらっしゃったようですけどね〜
 
 ちょっと読んでみましょう。(と、リスナーの投稿を読む)

(投稿)“東京ドーム2日間、それと札幌と行ってきました。ローリングストーンズでさえ埋める事ができないドーム。やっぱり東京と比べて(札幌は)ガラガラでした。”
 
そうだろうな、そういえば前のツアーは初日が札幌だったよね〜冬ね〜。だけどね、狭いから。

(投稿)“キャパシティーは広いのに、なんだか狭い会場だなって思いました。メンバーがなんだか伸び伸びして演奏してるように感じました。”

まあ〜ぼくはね、凄く乱暴な言い方していい?  やはりね、大阪2DAYSの2日目SOLD OUT。あれで、ひとつ、こう〜気持ちの整理がついてんだよ。“やった”というね。だから、したたかに、あの夜はね、焼き肉屋さんで、言ったじゃないですかねこの番組でね(先週のラジオで)深夜まで酒飲んでたわけですよ。
 だから、そういう意味でのんびりしたんじゃないですかね〜〜ん〜。


(投稿)“ファンサービスもあったんだろうと思いますが、セットリストも変化がありましたし、MCで伊藤さんの話題になった時も、英語が理解出来なくても話のながれがわかった気がします。あのMCで掴みはオッケーっていうかんじがありました。”

そうみたいですね〜〜ん〜。

(投稿)“今回、リッチーの骨折などありましたが、どうにか日本公演を乗り切ってよかったとおもいます。”

まあ〜、リッチーはね〜「乗り切った〜〜!」っていうふうに言ったそうですよ〜

(投稿)“インタビューで“リッチーを信じていた”というジョンのコメントに心があたたまる思いがしました。順調に進んで来たわけではない20数年間だったからこそ、その絆の深さを感じました。”

ねぇ〜〜。他にも沢山書いてくれてますよ〜(と次の方の投稿を読む)

(投稿)“札幌公演、メンバーの方の力が抜けてリラックスしながらのライブだったように思えます。他のエリア(会場)のライブにも参戦したファンの為にと、Misunderstood をやってくれた事。途中、マサ・イトー(正則さん)との思い出話。”

あぁ〜〜そぉ〜〜〜なるほどね〜〜でもね、あの〜ありがたい事だと思うね〜
その、ツアーのファイナルでいろんな人の、例えば、ミスター・ウドーだとかね、クルーの事、そしてね、たまたま俺の事も思い出したんだろうと思う。でもそれがね、THE RADIO SAVED MY LIFE TONIGHTの中(曲の間奏で)だっていうのがね、とても嬉しかったですね。

 で、何言ったのかっていうとね、結構ね〜間違ってる部分もあるんだけどねぇ。
あの〜俺と初めて出会ったのがフィラデルフィアだって言ってるの(ジョンが)。それは85年の1月のフィラデルフィアのウェアハウスっていうスタジオっていうかね〜セカンドをレコーディングしてる時の事を言ったの。

  そうじゃなくて、僕が初めて会ったのはニューヨークですから。
僕は林ようこさんと、フロリダまで前座で観に行ったんですけど、キャンセルになって。客が入ってなくて。ガラガラで。それで手紙があってね、マネージメントから。“ニューヨークで待ってる”って、なんじゃこりゃ〜っていう、でね、ニューヨークまで行ってインタビューしたんですよ。それが*スーパーロックの前ですね。


 *スーパーロック→’84に西武球場で行われたロックイベント。BON JOVIはこの3ヶ月前位にデビュー曲が日本で唯一大ヒット。日本での初ライブ♪

それで、スーパーロックをやってきてヤァヤァヤァって事になって、それでその後にフラデルフィア行ったんだよな。だから3度目なんですよ。
 ただね、彼(ジョン)が言ってるのが、“背の小さい俺(マサ・イトー)”ってまた言ってましたけどね〜、で眼鏡をかけていて。で、あいつはフィラデルフィアでバーに行ったんですよね。ブルースバーにね、メンバー全員とね。もう〜ね、ティコの運転する車と二台の車で行きましたね。でね〜、ブルースバーでね、もぉ〜したたか飲みましたよ。テキーラ飲んだっていう事でね〜テキーラ飲んだような気がしますよ。(正則さんは何飲んだか覚えてないみたいね)
 で、あの時、“俺らは一生友達だぜ!”と酒を酌み交わしたんだけども。まさに、そいう関係が今日まで続いているんだ、という事を(ジョンが)言ってくれたみたいでね。で、まぁ〜あの時に、“ニュージャージーから出たBON JOVIというバンドがこれからロックシーンの中で活躍していくぞ!と、みんなちゃんとBON JOVIという名前は覚えといてね!”と言ってくれて今日に至ってると。
   (ジョンが)そう言って、またTHE RADIO SAVED MY LIFE TONIGHTがながれていったと。
 ほんとね、素晴らしかったですねぇ。わたしはその場にいなかったんですけど。
そいう報告をうけましたよ。ん〜〜ね〜〜

で次にこの方は(と投稿を読む)

 (投稿)“アンコールも終わりだと思っていたら、なんとジョンがギターを手にする。そしてながれてきたイントロ聴いてもう鳥肌ものでした。ライブではもう聴く事ができないだろうなんて勝手に思っていたThese Days。感涙にむせぶオーディエンス。あの曲が演奏された経緯などご存知でしたらお聞かせください。”

 経緯はね〜わかりませんが、経緯のような事は、東京ドーム2日目終わったあとの、私のホテルでのインタビューで言っています。こうなんです。もう予言してた。
「このツアー、本当にロックだよね。ロックの曲がいっぱい並んでる。ロックバンドとしてのBON JOVIが良く表現されているツアーじゃないか」と僕はジョンに聞いてみました。


ジョンの声がながれる

僕はね〜「ほんとにこのツアーってロックな曲が選曲されていてるよね”と“ロックバンドとしてのBOn JOVIの本領発揮じゃないか」って聞いたわけです。

(ジョン(正則さん訳))
「いや〜俺にはわかんないけどね。これまでのどのツアーも良かったと思うし〜。その時やれる事を全部やってきた。それはBounceの時もCRUSHの時も凄くよかったと思う。それにツアーごとに、曲の選択肢が増えていくのは嬉しいね。
 実はね(ココから重要)、リッチーが怪我するまでは、もっといろんな曲にトライするつもりでいたんだ。アメリカンツアーではやっていなかったもの。でも、リッチーが怪我をしたんで予定を変えざるおえなかった。例えばThese Daysからの選曲(!!)タイトル曲のThese Daysはもちろん、HEY GODとかSOMETHING TO BELIEVE INあたりやってもいいし、(アルバムのBounceの中から)Joeyもいいよな〜Right Side Of Wrongとかいろいろあるでしょ、他のアルバムとかからもね〜いっぱい。
  このあと、ヨーロッパツアー行く頃にはリッチーの具合もよくなるだろうから、ここら辺を選曲に選ぶ可能性もあるよな〜。いずれにしろ、毎晩違う曲をやるだけ選択肢はあるんだと。東京の2日目は初日に比べてたしか7〜8曲入れ替えたよね。それって俺らの為にも、ファンの為にもいいことだよ。これだけバックカタログが多ければ、毎晩いろいろな事がやれるのは嬉しいねぇ。」


と言ってるわけです。
も、だから、リッチーの調子さえよければという事でね、選択肢にはあった。
で、僕言ったじゃない。大阪ドーム2日目で乗り切ったんですよ。このツアーは。ねー。そして、いろんな事があったツアーだからこそ、最後はThese Daysなんですよ。歌詞を思い出してくださいよ。もっとわかりやすく言えば、THese DaysのPVを思い出してくださいよ〜。まさに、These Daysなんですよ〜JAPAN ツアーは。ん〜そういう事なんじゃないですか〜?

で、ですね、HAVE A NICE DAYツアーは7月になったら、ビッタリおわってもうやらないっていってますからね。で、BON JOVIが、あるいはいろいろなミュージシャンが「イェ〜! すぐ戻ってくるよ〜Baby! じゃあな!」っていうのは、またいつか戻ってくるって事で、二ヶ月後にまた戻ってくる事約束してるわけじゃないからね。そのへんを誤解しないように。
  で、HAVE NICE DAYツアー終わったらどうする?って ジョンに聞いてみます。


ジョンの声がながれる

ジョンは(正則さん訳)
「正直、映画は辞めようと思っていた。なかなか結果が出ない事に嫌気がさしている(途中、苦笑?笑い声あり)。でも、もう一度、と思って、また少し探しているんだ。」 

懲りないやつですけどね。

「後は、もちろんフットボール。アリーナフットボール。それから曲作りも当然続けて行く。リッチーとも書くし、自分一人でも書く。1年か2年後には次のアルバムを用意したいと思っている。今年は7月になったらアルバムがどんなに売れていようと、ツアーはビタリと辞めて、別の形で夏を楽しみたいと思ってる。もちろん未来を見据えながらね。」

え〜あの、夏にね、いくつかスタジアムツアーが予定されているみたいですね、アメリカでね。2つか3つ。
 だから、“すぐ戻ってくるぜ”っていうのは、3年か4年と思ってたほうがいいと思いますよ。 

 そしてね、やっぱり今日どうしてもインタビューで使いたいのは、
トム・ペティーのカバーの事ですよ。番組でフルムーンフィーバーの事言ったらね、買って聴いたって方、たくさんいらっしゃった。あれはニューヨークのレポートの時。たぶんI WON’T BACK DOWNのカバーはね、ニューヨークのMSGからやってるんじゃないですか? だってニューヨークのMSGですげー一生懸命リハーサルやって、なんでトム・ペティの曲こんなリハーサルやってるのかなぁと思ったら、ライブに入れてましたから。
  ひょっとしたらMSGのライブから入れてるんじゃないでしょうかね〜。

   I WON’T BACK DOWN、89年のトム・ペティーのフルムーンフィーバーの曲ですけれども。まぁこれは“引き下がらない”とか“打ちのめされても立ち上がって前進する”っていうそういう意味ですよね。
  こう聞いてみたんですよ。
「あのね、トム・ペティーのカバーやってますよねぇ。あれは89年に発売されたアルバム。89年っていうとBON JOVIが燃え尽きてしまった時代。そういう時代に出たこの曲で励まされたんじゃないの? おれはもうBON JOVI解散しようかな〜って思ってる時に、俺は引き下がらない立ち上がっていくぜ、そういう事ですか?」
 という事を、聞いてみたんです。トム・ペティのカバーの意味、そしてHAVE A NICE DAYと続ける意味はなんなの?と。


ジョンの声がながれる

なるほどね〜〜もっと早く言ってもらいたかったんだよね〜〜(笑)
かなり重要な事じゃねえか〜みたいな。


ジョン(正則さん訳)
「このトムペティの曲は、HAVE A NICE DAYへ繋がる導入曲としてピッタリだった。僕が毎晩、曲の意味をスピーチするかわりに、この曲でI WON’T BACK DOWN(俺は引き下がらないぞ!)と言ったほうがファンに伝わると思った。HAVE A NICE DAYは、“人それぞれに意見がある”という事を歌っていて、“一つの戦いが終わっても、その事は忘れない”と言っている。つまり“俺は引き下がらない”というわけだ。」

  と。これは大統領選挙の事ですからね〜。

ジョン(正則さん訳)
「そして、今夜(東京2日目)、僕は歌い始める前に、マイクに入らないところで、
“ディア・ミスター・プレジデント”とつぶやいてから、HAVE A NICE DAYを歌い始めたんだ。つまり、もしこの曲がもともと“大統領宛の手紙”みたいに書かれていて、ディア・ミスター・プレジデント...という言葉で始まっていたら、もっと解りやすかったかもしれない。だから僕は、説教するかわりに、胸のつかえを取る事ができた。そういう意味でトム・ペティのカバーをHAVE A NICE DAYの前にもってきて演奏しているんだ。」

 
 と、そういう事なんだそうですよ〜。

トム・ペティのI WON’T BACK DOWNがながれて、
続けてHAVE A NICE DAYがながれる。

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 ジョン、ライブで間違った事言ってたんですね、正則さんの事、ラジオで訂正されてる(笑)
ツアー終わったら、役者をまたやりたいんだね、ジョン。
ライブに、いろいろなメーッセージが込められていたんですね。
HAVE A NICE DAYってホント、政治などに対しての皮肉たっぷりな曲だという事もわかりました。 でも、とっても前向きな曲でますます大好きになりました。

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by nao-bon51 | 2006-04-28 00:03 | BON JOVI

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